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受験に向けて勉強している人へ-こんな勘違いをしていないか?

受験を前にした多くの学生は、どの予備校がいいのか、あるいはどの参考書を使えば受かるのか、といった小手先のテクニックに終始しがちだ。

しかし、それでは多くの人が実力を伸ばせず、受からない。この記事でお伝えするのは、受験に関する2つの真実だ。

あなたはこんな勘違いをしていないか?

受験を控えた学生へのアドバイスとして、次のようなものが挙げられる。

  • 受験は団体戦だ
  • 暗記では実力がつかない、理解することが重要

この2つは比較的メジャーな意見で、それを正しい考えだと信じている人は多い。

しかし、実は正しいのは一部だけだ。そして、このアドバイスは往々にして学生がもつ潜在的な実力を殺している。

真実1:例外を除いて、受験は個人戦である

受験は個人戦だ。団体戦だというのは、受験対策の講義に出てほしい教師たちの方便に過ぎない。

勉強ができる人ならばわざわざ誰かと集まって勉強する必要はない(もちろん、友人どうしでアウトプットに協力することくらいはある)。教師が教えなくても解説は本に書いてあるし、なにより受験は本人の努力によるところがほとんどだ。「みんなと一緒に」講義に出たからといって成績が保証されることは絶対にない。

そして、勉強ができない人はなおさら講義、特に夏期講習に出席してはいけない。そこで行われているのは十分に勉強してきた人たちに向けた補足的な講義や演習であり、そんなもの勉強ができない人にはまったく必要がない。その人に必要なものは、後述するが別にある。

集団で勉強するとき、優秀な人は不勉強な人に足を引っ張られ、不勉強な人は優秀な人どころか平凡な人にもついていけず、無益な時間を過ごす。

真実2:理解を実現するのは暗記である

人が何かを理解するとき、その頭のなかに集積された知識(スキーマ)を利用している。言い換えれば、それまでに作り上げた知識のデータベースと照らし合わせることで、人は物事を理解する。

理解することは確かに大切で、勉強する上で必ず必要な過程である。しかし、それを実現するためには、多量の情報を頭に取り込んでいる必要がある。その「情報の取り込み」を直接的に行うのが「暗記」である。

暗記は勉強に絶対必要な作業であるのに対して、暗記について、まるでそれが親の敵であるように害悪視する教育者が多い。それには理由がある。

暗記は負荷が高く、慣れない者にはつらい。だから、学生には人気が出にくい学習方法である。それはそのまま、教師たちにとって、自分の教え方のセールスポイントとしては使いにくい、ということになる。

予備校のコマーシャルでは、暗記を重視する姿勢は宣伝されない。しかし、成果(=合格者)を多く出している予備校は、もれなく生徒たちに対して多量の暗記を課している。

中学や高校の教師ならば、単純に教師の学習に関する知見が浅いというだけの話だ。賢い教師などめったにいない、免許さえ取れれば(そしてほとんどの教員志望の学生は取得できる!)あとは野放しで自己流の教育哲学を押し付ける(だから私は学校教員が大嫌い、というのはまた別の話だ)。教師の言うことは半分以上でたらめだと見積もったほうが、自分の将来を大切にできるだろう。

まとめ

すこし個人的な愚痴が混ざってしまったが、この記事で言いたいことは、

  • 受験の結果を決めるのは自分が正しく努力したかどうか
  • 「理解」とは、その仕組み上、「大量の暗記」が必要である

という2点だ。あなたの受験が良い結果に終わることを願う。